木から生まれる次世代素材『リグニン』:応用分野と製造の課題、そして実用化への道筋
2025-06-03

地球規模での脱炭素社会の実現に向けて、再生可能な素材への期待が高まる中、リグニンは植物由来の芳香族高分子として注目を集めています。
従来は製紙工場の副産物に過ぎなかったこの物質が、近年では樹脂、接着剤、フィルム、タイヤなどさまざまな分野で活用され始めています。
本記事では、リグニンの応用展開とその量産化を阻む技術的課題について解説します。
1. リグニンとは何か?
リグニンは、植物細胞壁に含まれる天然の高分子成分です。
木材においてはおよそ20〜30%を占め、セルロースやヘミセルロースとともに主要な構造成分として知られています。
これまでリグニンは、製紙工場などで発生する副産物としてエネルギー源として燃焼されることがほとんどでした。
しかし近年、その芳香族構造や多様な官能基に着目し、環境に優しい高機能素材としての応用が注目されるようになってきました。
リグニンは、耐熱性、抗酸化性、紫外線吸収性といった特性を活かし、石油由来の素材を代替するサステナブルなマテリアルとして、幅広い分野での利用が期待されています。

2. リグニンの主な応用分野
リグニンは、複数の産業分野でさまざまな形で利用されはじめています。代表的な用途を紹介します。
樹脂材料への利用
リグニンは芳香族構造を持っているため、フェノール樹脂やエポキシ樹脂の一部を代替することができます。
自動車部品や建材、断熱材などに使われるこれらの樹脂をリグニン由来に置き換えることで、石油使用量を削減しつつ、性能を保つことが可能です。
一部のリグニン誘導体は、ポリウレタンの構成成分としても活用されており、再生可能な高分子材料としての実績を高めています。
接着剤分野での展開
木質系建材(MDF、合板など)に使われる接着剤は、従来ホルムアルデヒドを含むものが一般的でした。
リグニンを利用することで、ホルムアルデヒドフリーの接着剤が実現でき、住宅や公共施設における安全性向上に貢献します。
建築・内装材のグリーン認証(F☆☆☆☆など)取得にも寄与できるとして、採用が進んでいます。
炭素材料への転用
リグニンは熱処理することで活性炭やカーボンファイバーの前駆体として利用することができます。
従来の炭素繊維は高価なPAN(ポリアクリロニトリル)由来でしたが、リグニンを使うことでコストを大幅に削減できます。
この技術は、電池用電極や断熱材、軽量構造材としての活用が期待されています
包装材やフィルム材料への応用
ナノ分散化したリグニン(LNP)を用いたフィルムは、酸素や紫外線を遮断する性能を持ちます。
この特性を活かして、食品包装や農業用フィルム、電子部品の保護フィルムなどに利用する動きが始まっています。
また、生分解性のポリマー(PLAなど)と組み合わせることで、100%バイオマス由来の包装材の開発も視野に入っています。

塗料・コーティング材料
リグニンの紫外線吸収性や抗酸化性を活かし、環境対応型の塗料や表面コーティング剤の原料として利用されつつあります。
金属・木材の保護、車両外装の耐候性向上など、多様な応用が進んでいます。
タイヤ用ゴム材料
リグニンはタイヤ素材への応用も進んでいます。以下のような使い方が検討されています。
用途 | 説明 |
---|---|
補強材(フィラー) | カーボンブラックの一部をリグニンに置き換えることで、環境負荷を抑えたタイヤを実現。特にサイドウォールやインナーライナーなどに応用。 |
可塑剤代替 | リグニン誘導体を柔軟化剤として使用し、石油由来可塑剤を削減。環境規制への対応が可能。 |
劣化防止剤 | 抗酸化性や紫外線遮蔽性により、ゴムの耐候性を高める効果がある。 |
3. リグニン製造の課題と量産の壁
リグニンは理論上、大量に存在するバイオマス資源ですが、そのまま製紙工場から取り出して使えるわけではありません。
工業材料として安定供給するには、いくつもの技術的ハードルがあります。
製紙工場の副産物はそのまま使えない
現在、世界中のパルプ・製紙工場では「黒液」と呼ばれる副産物としてリグニンが大量に発生しています。
この黒液にはリグニンのほか、無機塩類や抽出物質が多数含まれており、そのままでは高分子材料用途に使えないのが実情です。

パルプ工程ではセルロースを主成分として回収することが目的であるため、リグニンは高温・高アルカリ条件下で処理され、化学的に変質した状態で副産されます。
これにより、分子構造が不均一になり、想定された機能性が発揮されにくくなります。
したがって、リグニンを高機能素材として利用するには、製紙副産物とは別のルートでの回収や、専用の精製プロセスが必要になります。
近年では、バイオリファイナリー用途に特化した「機能性リグニン」の抽出技術が研究・開発されています。
品質のばらつき
リグニンは原料となる植物種や抽出法によって大きく構造が異なります。
針葉樹系と広葉樹系では芳香環のメトキシ基の数が異なり、分子量や反応性にも差が出ます。
また、同じ樹種であっても処理温度や化学処理条件によって構造分解が進んでしまうため、製品としての安定供給にはグレード設計・規格化が不可欠です。
この「ばらつき」は、コンパウンド配合や量産時の物性管理を難しくする大きな要因の一つとなっています。
熱可塑性の欠如と加工性の問題
一般的なリグニンは熱可塑性を持たないため、押出成形や射出成形などの汎用加工には向いていません。
このため、材料として使う際には熱可塑性樹脂とのブレンドや、リグニン分子の化学改質(例:エステル化・エーテル化)が必要になります。
一方で、こうした処理はコストや工程数を増加させる要因にもなるため、用途によっては依然としてハードルが高いのが現実です。
色や匂いの制約
リグニンは茶〜黒色の色調と、フェノール類特有の匂いを有します。
そのため、意匠性が重要なアプリケーション(自動車内装、家電筐体、包装材など)では採用が難しいケースもあります。
脱色・脱臭処理は可能ですが、追加コストや環境負荷とのバランスが求められます。
4. 実用化への展望
リグニンの応用はまだ始まったばかりですが、世界的に脱炭素・脱石油が進む中で、その存在感はますます高まっています。
バイオリファイナリー技術やナノテクノロジーの発展により、従来の課題は徐々に克服されつつあります。
近い将来
今後5〜10年で、リグニンは建材、タイヤ、包装、エレクトロニクス、自動車内装といった領域での商用化が本格化すると予測されています。
特に、ライフサイクルアセスメント(LCA)におけるCO₂排出削減効果が可視化されれば、企業側の採用も加速するでしょう。

まとめ:森の副産物として
リグニンは、これまで注目されてこなかった「木の副産物」から、持続可能な未来を支える「主役素材」へと変わりつつあります。
建材や包装、炭素材料、そしてタイヤといった分野での応用は、今後の素材産業に大きな影響を与える可能性があります。
とはいえ、その量産と加工には課題も多く、素材としての進化には産官学の連携と継続的な研究が不可欠です。
それでも、リグニンの可能性は確かに広がっています。再生可能な資源から次世代の素材を作り出すという、持続可能な社会に向けた大きな一歩になるのではないでしょうか。
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