情報流通構造の変化
化学産業の情報流通は長く固定された構造を持ってきた。中心は論文と特許であり、研究の評価も研究費の配分もその体系の上に乗っている。研究成果はまず査読論文として公開され、企業研究の場合は特許出願が優先される。そこから学会、専門誌、業界紙へと広がっていく。
一方でIT業界では全く異なる情報流通が成立している。研究成果や技術的知見は、まずブログや技術ノートとして公開されることが多い。論文は存在するが中心ではない。GitHub、技術ブログ、個人ノートのような媒体が一次情報の役割を持つ。
この違いは単に文化の違いではない。産業構造と情報コストの差に由来する。
化学産業の特徴
・実験再現性が重要
・装置と材料が必要
・特許価値が高い
IT産業の特徴
・コードがそのまま再現可能
・実験コストが低い
・公開が開発を加速する
この差が情報流通構造の差として現れている。
情報化とブログ型発信
近年この構造に変化が見え始めている。特に材料・エネルギー・リサイクル領域では、ブログや技術記事の形での公開が増えている。
背景にあるのは情報流通の速度である。
論文公開には時間がかかる。査読、修正、出版のプロセスを通過する必要がある。一方でブログは即時公開が可能である。企業研究所、スタートアップ、研究者個人が技術ノートを公開する例が増えている。
公開される内容は必ずしも研究成果ではない。むしろ次のような内容が多い。
・技術トレンドの整理
・研究分野の状況整理
・技術課題の整理
・研究の途中メモ
つまり「証明」ではなく「整理」である。
論文は証明の媒体
ブログは整理の媒体
という分業が形成されつつある。
この構造はIT業界で先に成立した。
IT分野では
コード
↓
ブログ解説
↓
SNS議論
という三層構造が一般的である。化学分野でも、論文と特許を核にしながら、周辺情報がブログに集まる形が見え始めている。
化学産業は追従するのか
化学産業が完全にIT型の情報流通へ移行する可能性は高くない。理由は明確である。
第一に特許制度の影響が大きい。新材料やプロセスは特許価値が高く、公開タイミングが厳密に管理される。早期公開は企業にとってリスクになる。
第二に実験コストである。ITでは公開されたコードをそのまま実行できる。化学では装置、試薬、安全管理が必要である。再現の障壁が高い。
第三に安全性である。化学プロセスは事故リスクを伴う。公開情報の扱いには慎重さが求められる。
そのため、次のような構造が現実的に見える。
論文・特許
研究成果の証明
ブログ・技術記事
研究状況の整理
SNS
議論と補足
IT業界と同じ三層構造ではあるが、中心は依然として論文と特許に残る。
ただし変化が起きる場所は存在する。特に次の領域である。
・リサイクル技術
・材料トレンド
・規制動向
・産業分析
これらは論文よりも整理情報の価値が高い分野である。
研究そのものではなく、研究を取り巻く情報の層がブログ化していく可能性が高い。
結果として、化学産業の情報構造は完全なIT型にはならない。しかし情報化の流れの中で、論文と特許の周辺にブログ型の知識層が形成されていく。この構造変化はすでに材料産業の一部で始まっている。